伊豆かかりつけ湯 モニターツアー
2009/11/25
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かかりつけ湯に泊まり、9つの札所をめぐり、伊豆のわさびを堪能!
魅力たっぷりの一泊二日の「伊豆かかりつけ湯ツアー」。
先日行われたそのツアーの様子をご紹介します。
弘道寺
2番札所、弘道寺は安政4年(1857)初代アメリカ総領事のタウンゼント・ハリス一行36人が江戸へ出府の途中、宿泊したお寺です。その当時の調度品やハリスの日記等が寺宝として保管されておりご住職から詳しく説明をいただきました。
伊豆めぐり弁当
八十八と書いて米。ご縁を結ぶ、お結び弁当です。味でぐるりと伊豆一周できるというこのスグレモノは、地域活性スクランブルフォーラムのメンバーの会社で特別に開発して頂いたお弁当で、もちろん、全て伊豆の食材。パッケージにもこだわっています。プレスライターの方達にも評判が良かったです。
船原館
船原館は古き良き時代の日本にタイムスリップしたような空間がお出迎え。代々受け継がれてきた調度品はもちろん、お客様をおもてなしする人の心もしっかりと受け継いだ日本ならではの文化を感じられる宿です。夕食は、源頼朝が船原峠で源氏再興を志し、狩りを催した折に、獲物を野火で焼いて酒を酌み交わし、仲間たちと案を練ったと言われています。この伝説が地域独特の郷土料理「お狩場焼き」を生み、現在に伝えられました。そして圧巻はわさび鍋です天城特産の生わさびをふんだんに入れた大変おいしい鍋でした。
ワッツ
「ワッツ」とは米国のハロルド・ダール氏が考案した「アクアセラピー」です。温泉療法専用の浴室「たち湯」で行います。母親の胎内にいるかのように感じたり、龍になった感じをもったり、受けられた方が色々な感想を持たれます。温泉の中で受けるワッツは究極のリラクゼーションです。
益山寺での集合写真
伊豆八十八ケ所で一番難所の益山寺。20分かけて荒れた山道を本堂まで登ると、ご住職が出迎えてくださいました。ご住職自らお経を唱えてくださって、大変ありがたい仏教の話・ご本尊・縁起話などを面白可笑しく聞かせて頂きました。最後にここで別れる方がいましたので写真を撮りました。
マクロビ弁当
お寺の庫裏にてマクロビオティック弁当と国清汁の昼食です。各おかずの調理方法や食材などの説明を受けながら頂きました。この食材は全て有機野菜で作ってあって、食物繊維が豊富に含まれているそうです。とても体に良いと思いました、私自身すぐにデトックス効果があらわれ以後1週間お腹の調子が良好でした。
伊豆八十八ヶ所霊場 温い巡礼旅行記 vol.3
2009/11/18
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伊豆八十八ヶ所 日帰りツアー 第3回コース(27~35番)
このコースは東伊豆の海岸線を伊東から河津まで辿る日帰りのコース。天城の山々をバックに城ケ崎海岸の起伏に豊んだリアス式海岸線から太平洋を臨み、水平線には伊豆大島をはじめ伊豆七島が見えるパノラマを堪能しながら歴史ある古いお寺をお参りするコースです。
秋の行楽シーズン、過ごし易くお天気もいい季節とあって、今日のツアーは40名の大所帯。三島観光バスでは2台のバスとドライバー、添乗員を含み5名でご案内。

ガイドはおなじみ、ベテランの杉山さんは朝から快調にジョークを飛ばします。

いつも笑顔の鈴木さんは細やかなフォローを忘れません。

ドライバーは1号車・新関さん、2号車・須藤さん。「安全運転はお任せください」


そして、お経リーダーの久保田さんが「マイ木魚」を持って添乗です。

三島駅を出発。一路伊東へ。久保田さんからお経の意味を伺って、車内ではまずは朝のお勤め、納経の練習。お経はお釈迦様の教えであり知恵。お弔いの意味ではないのですね。

27番札所 東林寺
伊東市馬場の街中、民家の間の細い道をどんどん入っていくと、山を背に凛とした佇まいの東林寺
ここは、相撲四十八手の一つ「河津掛け」にちなんだ歴史が残るお寺です。
先ほど車内で練習したお経を久保田さんのリードで皆であげました。

境内は掃き清められ、清清しい朝のスタートです。

相模湾を眺めながら、海岸線を下っていきます。東伊豆の海岸を通るといつも思うのですが、フランスの紺碧海岸(コートダジュール)と地形がソックリですよね。世界の人達が訪れる癒しのスポットになればいいのに。



28番札所 大江院
百二十年前の伊豆遍路の証拠と言える、納経帳が見つかり、保存されているお寺。
ご住職の法話は、「今が充分満ち足りているという思いが平穏なこころを得ることです」とありがたいお言葉。全く、欲の皮がつっぱっていつようじゃあ、平穏な境地にはなれないねえ。法話の後、お寺の宝、伊豆遍路の納経帳を見せていただいた。

ほ~う。と皆で丸くなって覗き込む。


現代の納経帳

持参している人は1ヶ寺400円で押してもらえます。
私も押していただきました。

納経帳ではなく、おいずる(白衣)に押していただく方もいます。

今日のランチタイムは「あかざわ」

さざえ釜飯です。豪華!!

楽しく頂きます。お昼を一緒にすると、お喋りも弾み。即お友達に。


29番札所 龍豊院
最勝院の末寺で足利時代に創建されたお寺。

境内の入り口にある樹齢400年の枝垂桜は町の文化財だそうです。桜に季節に是非来て見たいものです。ちなみに写真は本堂に飾ってあったもの。

境内は赤砂の枯山水。砂に見立てた水面が美しい波紋を描いている。

30番札所 自性院
海岸線からすぐに山の手にあたる東伊豆海岸には本当に多くのお寺が点在していますね。


「熱川」という地名には歴史がありました。江戸城を築城した太田道灌が、天城山に巻狩りをした時に、川面より湯煙が立ち昇りながら海に注ぐ濁川で怪我をいやす猿自分も温泉につかり、その傷を癒したところ、とても元気になったので、その地を「熱い川」→「熱川」と命名。熱川温泉には道灌の像があるそうです。
31番札所 東泉院
立派な参道が続くお寺さんです。



宇佐美海岸を目下に望み、町を見守っています。


このころになると、バスの車内では

お菓子の交換会。私も頂きました。

これがいいのですよね。バスの旅は。
何かのご縁で、今日一日ご一緒させて頂いてお寺めぐりをしながら、こころ触れ合う旅、こころ安らぐ旅を共有しているのですね。
32番札所 善應院
稲取港を眼下に望む高台にありました。

ちょっとユニークなお顔の石像は布袋さんかしら?

稲取の町が見渡せて良い眺めですね。

そのまま徒歩で漁港をあるいて、33番札所へ向かいます。



33番札所 正定寺
海を背にして、まるで港を守るように建つ善應院は、浄土宗。珍しいですね。


本堂の天井にびっしりと書かれた「寿の文字」


境内には、灯台代わり?大きな石仏がありました。

35番札所 栖足寺


河童伝説が残る、河津町の栖足寺。境内の河童の像が持つ瓶に耳をあてるとせせらぎの音がするんだとか・・・?


34番札所 三養院
今日最後のお寺となりました。


よくよく、心を込めて納経したら、一日の疲れも、ココロの疲れもスッキリした気分になれました。
讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vo3
2009/11/10
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四国 讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vol.3
今日は83番札所から88番札所。いよいよ結願への道へみなさん挑みます。
第八十三番 神毫山・一宮寺 (しんごうざんいちのみやじ)
7時に朝食をすませて、朝一番のおつとめは一宮寺です。



住宅化されていく街の中でひときわ歴史的な姿を残している一宮寺には、ちょっと怖いお話が残っていた。
本堂の前に薬師如来をお祀りしている石の祠があります。この祠に首を突っ込むと「地獄の釜の音」が聞こえると言われているそうです。昔、この近くにおタネ婆さんという意地の悪いお婆さんがいました。近所の人が「悪いことをした人は、この中に頭を入れると扉が閉まって抜けなくなるそうだ」と言ったところ、おタネ婆さんは「そんなことはない!ちょっと試してみよう」と言って祠に首を突っ込んだところ、地獄の釜の「ゴオー」っと言う音が聞こえてきた。おタネ婆さんはあわてて頭を抜こうとしましたが、祠の扉が閉まりいくらあがいても抜けません。ついに涙を流しながら「今までのことは許してください。」と何回もあやまったのでした。すると、祠の扉が開き、頭がスッと抜けました。それからというもの、おタネ婆さんは心を入れ替えて近所の人達に優しくなったとさ。

バスに乗り込み、八十四番 屋島寺へ。途中、古戦場となった壇ノ浦を眺めながら向かいます。

第八十四番 南面山・屋島寺 (なんめんざんやしまじ)
屋島は昔、屋根のような形をした島だったのでその名前がついたそうですが、今は海抜約300mの溶岩台地で海に飛び出した地形になっています。唐から来日した鑑真が大宰府へ行く途中に屋島へ立ち寄り、北嶺に普賢堂を建て、仏像と教典を納めて開基したのがお寺の始まりだそうです。弘仁6年(815年)、嵯峨天皇の勅願で弘法大師が訪れ、伽藍を北嶺から南嶺に移し、一夜で本堂を建立したとされています。


境内は広い敷地で、大きな狸がいます。四国狸の総大将「狸の三太郎」です。

佐渡の三郎狸、淡路の芝衛狸と並び日本三名狸とも言われているそうです。納経の後は、三太郎狸にもお参り。

第八十五番 五剣山・八栗寺 (ごけんざんやぐりじ)
五剣山は、標高357mの山で、檀の浦をはさんで屋島の反対側です。5つの峰が剣のようにそびえ立っていることから五剣山と名付けられたということです。

山の中腹までケーブルカーで登って行きます。

五剣山は、ひとつ地震で崩れたそうで4つの峰が残っていました。どこのお山でも思うのですが、今はケーブルカーで登ってのお参りだから気軽に行けますが、その昔は足でここまで来たのですから、本当に修行の道だったのでしょう。
本堂左手前の聖天堂には弘法大師作の歓喜天が祀られているそうです。


別名「八栗の聖天さん」と呼ばれ、商売繁昌に霊験あらたかというので、私も念入りにお参りしました。
第八十六番 補陀落山・志度寺 (ほだらくさんしどじ)
志度寺の仁王門は、立派な構えです。

寛文10年(1670年)、藩主松平頼重によって建立されたそうです。
金剛力士像は、鎌倉時代の運慶の作。志度寺・本堂は国指定の重要文化財になっているという見どころ一杯の志度寺には悲しい海女さんのお話が伝わるそうです。

境内で、ご接待のお菓子を頂きました。・・・ホッとします。

道中、先達さんのお話で、良い結果は良い縁が生むもの。縁尋機妙。良い人たちとめぐり合いお付き合いをしていくと必要な縁に恵まれ、良い結果になる。良い人たちとめぐり合える自分であることに努力。



第八十七番 補陀落山・長尾寺 (ほだらくさんながおじ)
長尾町は門前町として発展してきた町。
その中心にある長尾寺は聖徳太子の開創と伝えられているそうです。
お寺鐘楼を兼ねた山門をくぐると、 広い境内。とても立派なお寺です。


弘法大師は唐へ渡る前にここで、護摩秘法 を修めて人々に護摩符を授けました。それが今でも1月7日に行われる「福奪いの行事」として残っているとのこと。長尾寺は静御前が出家したお寺でもあります。


やっとお昼・・。よく歩いてお腹が空きました。

竹屋敷さんでご当地名物「讃岐うどん」。

うどんは弘法大師が唐から伝えたそうです。香川の人はうどん好きで年越しも蕎麦でなくうどんだとか・・・。一人当たりの年間うどん消費量230玉は日本で1位。スゴイ。

第八十八番 医王山・大窪寺 (いおうざんおおくぼじ)
いよいよ、結願のお寺、大窪寺です。



大窪寺は、養老元年(717年)に行基が開基したと伝えられています。紅葉した紅葉や銀杏が美しいですね。


心配された雨が本降りに・・・。お大師様も雨に打たれています。

お宿は徳島グランドホテル。
今日、結願を迎えられる方々は、いままでの道のりに感慨無量ではないでしょうか・・・。本当に良くお参りされました。




四国のお参りは雑務に忙殺される日常とは全く別世界。こころの目が開くといいますが、普段なら感じないようなことが心に染みたり、思い違いに気づいたり、答えが見つかったり不思議なことが起こります。自分だけにしか分からないシンクロが心の中に起こるのですね。
結願状を手にした皆様。お疲れ様でした。清々しいお顔です。
そして、徳島と言えば「阿波踊り」、食後はお姉さんの踊りの指導で・・・。



この後、阿波踊り会館へ踊りの鑑賞ツアーに出かけました。500円で送迎バス付でした。
明日は、また早起きです。四国八十八ヶ所をお参りし、「結願しました」というご報告をしに、高野山へお大師さまに会いに行きます。
高野山
翌朝、まだ暗い5時半にホテルを出発し4日目の朝はフェリーの中でお弁当です。



その後、到着まで「おやすみなさい」
雨の高野山参りとなりました。ちょっと残念。また来なさいということかな。


高野山には高野山真言宗総本山・金剛峰寺をはじめ117ヶ寺があります。平成4年に世界遺産になりました。弘法大師は宗教上、今でも高野山で生きておられ、今でも金剛峰寺の住職をなさっているそうで、歴代天皇の位牌や高野山真言宗管長の位牌をまつってあるそうです。




お大師様の御廟のある奥の院の参拝で通る参道には、皇室、公家、大名のお墓が多数並んでいました。20万基あるのだとか。秀吉、光秀、私の先祖が遣えたと伝えられる、浅野家のお墓もありました。昔の偉い方々のお墓だけかと思ったら、現代の大企業のお墓も。創業者のお墓でしょうか、会社のロゴが入ってました。1200年の昔からみんな、ここに来たいのだな・・・さすが聖地。パワースポットなのですね。

「御廟の橋」に来たら、まず一礼。向こう側にはお大師さまが出迎えてくれているそうです。帰りも同じ。御廟の橋を渡りきったところで振り返り、一礼。お大師さまは橋の向こう側で見送って下さるのです。
お大師様が入定されたところでは、本当にお大師様がそこに居てお会いできたような気がしました。そして、高野山では不思議なシンクロが起こりました。ハッとするような自分自身にしか分からないシンクロなのです。
四国八十八ヶ所の旅は、呪文である般若心境をひたすら唱えてお大師様と旅をすることによって、こころが素直になって行きます。そして迷っていたことが見えてきたり、許せないと思っていたことが思い違いだったことに気がつくのです。とても安らかな気持ちになる究極のリラクゼーションですね。だから1200年もの間、絶え間なく人々が聖地を巡り続け、今も尚、何万人の人々を幸せな気持ちにしているのですね。信仰だけでなく日々のストレス解消、そして感謝のこころを思い出させてくれる素晴らしい旅でした。

讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vo2
2009/11/09
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四国 讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vo2
今日は、11ヵ寺回ります。
第七十一番 剣五山・弥谷寺 (けんござんやだにじ)
日本三大霊場のひとつ、弥谷寺。

聖武天皇の勅願で行基菩薩が開いたとされています。遍路泣かせといわれる、全540段の階段は四国八十八ヶ所の中で一番長いそうです。が・・・私たちはタクシーで途中まで。

その後はこんな感じです。





上からの景色。もう紅葉です。

弘法大師は7歳の時に学問を学んだ。唐から帰国後、この地で修行していると、5本の剣が降ってきて、お告げを聞いたといわれる。その時、千手観世音菩薩を刻み、伽藍を再興したと伝えられているそうです。
続いて大師堂へ


第七十三番 我拝師山・出釈迦寺 (がはいしざんしゅっしゃかじ)


名前の通り、お釈迦様が現れたというお寺。弘法大師が7歳のときにこの山に登り、願掛けをした「仏門に入って多くの人を救いたいのです。私の願いが叶うならば釈迦如来よ現れたまえ。叶わないならば、一命を捨てて仏に捧げます」と願をかけて山の断崖絶壁から谷へに身を投げた。すると、釈迦如来と天女に抱きとめられたという逸話が残っている。
山の岸壁とは・・・

外国人の歩き遍路さんと遭遇しました。

ちょっとインタビューしたら・・・。
"オランダから来たんだ。2ヵ月半日本にいるよ。四国は1番から歩いて88番まで行ったら、もう一度1番へ寄って高野山に行く予定なんだ。今日は、71番から76番までの予定。"
"40年ほど前にソフトボールのチャンピオンシップで富士宮に行ったの。だからお参りが済んだらもう一度富士宮へ行くのよ。富士山観光でね。"
ソフトボールのチャンピオンとは健脚なわけです。でも、四国遍路の後に富士宮へ行くとはびっくり!!さすが富士山。

第七十二番 我拝師山・曼荼羅寺 (がはいしざんまんだらじ)
唐から帰国した大師は、亡き母の菩提を弔うために、唐の青龍寺を模して伽藍を建てた。



境内には、西行法師の「笠掛け桜」と「昼寝石」があります。西行法師は諸国を行脚中、寺の境内で休んだと言われています。桜の木は同行の旅人が笠をかけた桜の木。

参加者のOさん。

「2年がかりです今回で四国は回り切ります。毎朝2時間のウォーキングで足腰はバッチリ。三嶋観光さんは近くまで送迎してくれて助かります。」
Fさん御夫婦。

「四国遍路へのきっかけは新聞で三嶋観光の広告を見て。こころの旅をしています。」
Sさん御夫婦。

「四国の次は西国33観音でも行こうかと思います。」
最年長86歳のAさん。

「80歳のときに四国をまわり始めました。初めは歩き遍路でしたが、今回は家族も心配するので三嶋観光バスにお願いしました。と頼もしいAさん。」
四国遍路三人娘。

お友達同士での参加です。

第七十四番 医王山・甲山寺 (いおうざんこうやまじ)


弘法大師は甲山時のある善通寺市の生れ。弘法大師のお父さんは地元の豪族だった佐伯直田公(善通)、お母さんは母阿刀氏(玉依姫)です。大師は幼少のころ「真魚」(まお)と言ったそうです。「まおちゃん」ですね。甲山寺の東側にある仙遊が原でままごと遊びをしたといわれています。

先ほど会った、オランダからのお遍路さんにまた会いました。お経を唱えています。
第七十五番 五岳山・善通寺 (ごがくざんぜんつうじ)



善通寺は弘法大師のお父さん、佐伯直田公から土地の寄進を受け、弘仁4年(813年)に落成したといわれています。西院が建っている場所には、当時、佐伯家の邸宅があったと言われています。善通寺は弘法大師の誕生の聖地として大切にされています。唐の青龍寺を模倣した立派なお寺です。

善通寺の名は弘法大師の父親の名から。高野山、東寺と並ぶ三大霊寺のひとつ。

四国最大の塔。境内の五重塔。善通寺市のシンボルであり、夜はライトアップされる。
第七十六番 鶏足山・金倉寺 (けいそくざんこんぞうじ)



弘法大師の甥、智証大師生れの地。

大師堂には弘法大師と智証大師、二人の大師像が祀られています。弘法大師と智証大師のほかに、道興、弘法大師の弟子法光、修験道の理源は「讃岐の五大師」に数えられています。

第七十七番 桑多山・道隆寺 (そうたざんどうりゅうじ)

大師の弟子、法光大師や甥の智証大師など名僧が代々の住職を務めたお寺。御本尊は「目なおし薬師さま」として有名。眼病平癒を祈願する人が全国から集まっているそうです。

御門三郎が大師の前にひざまずく像が、多宝塔わきにある。自らの非を悟った御門三郎が弘法大師の後を追って四国を巡ったのが四国遍路の起源とされています。
さてさて、お腹も空きました。お昼はお庭で有名な中津万象園で。



やっぱり、讃岐と言えばうどんでしょう。腰があってとても美味しいです。

お庭の散策は有料。今回は時間ナシでパス。え~~残念。
第七十八番 仏光山・郷照寺 (ぶっこうざんごうしょうじ)


弘法大師が42歳の時、阿弥陀如来の霊瑞を観じて真言密教の霊地と定たお寺。現在は時宗一遍上人により時宗。

「厄除け・うたづ大師」として信仰されています。

お天気が良ければ、境内から「瀬戸大橋」がよく見えて島々の眺望が素晴らしいそうですが・・・。
参道の入り口にある地蔵餅が美味しくて人気ということで・・・。。




確かに、大きくて本当についたお餅です。あんこも美味しい!!バスの中でこっそりいただきました。

79番へ行く道すがら、また外国の方に会ったので、早速インタビューすると・・・
"オーストラリアから来て60日目。この子猫ちゃんと旅してるの。どうしてお遍路さんをしてるのかって?そうね・・歩くのが好きだし、仏教の精神が好きだから一度体験してみたかったのよ。お寺参りは仏教の精神に触れる機会、仏陀を感じられ、とても気持ちが良くなるわね。四国の人はとても親切。助けてくれるし。日本の地方の人は皆そうね。以前、静岡の草薙に住んでたのよ1年ほど。え?静岡から来たの?信じられないわ! 四国参りが済んだら、静岡に住んでいる友達の所へ行くのよ。偶然ね。"
また、ご縁のある出会い。お大師さまはとてもお茶目なシンクロを起こしますね。


変わった鳥居です。中央の大鳥居の左右に小さな脇鳥居がついた「三輪鳥居」と言われる独特の形だそうです。崇徳天皇を祀ってあります。
第七十九番 金華山・天皇寺(高照院) (きんかざんてんのうじ)

日本武尊ゆかりの泉八十八の水に霊感を感じて十一面観音像を刻み安置したのが始まりといわれています。
第八十番 白牛山・國分寺 (はくぎゅうざんこくぶんじ)



大蛇の伝説や高松城時鐘伝説のある古鐘は天平年間の創建当時に鋳造されたもの。四国で最古級と言われ国の重要文化財に指定されています。
境内には七福神が並ぶ。祀られているのは豊穣、芸事、音楽の女神、弁財天。七福神唯一の女神はインドの神様です。ちなみに日本出身は恵比寿さま。

第八十一番 綾松山・白峰寺 (りょうしょうざんしろみねじ)
香川県高松市から坂出市にまたがる連峰の五つの山に色の名がついた五色台の一峰、標高337mの白峰山に建つ。第75代天皇崇徳上皇の御陵があります。





第八十二番 青峰山・根香寺 (あおみねざんねごろじ)
弘法大師が唐に渡る前に、航海の安全を祈願して五大明王、(不動明王、後三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王)を祀って花蔵院を建立。牛鬼という怪物の伝説もあるそうです。紅葉がきれいなお寺です。



さて、今日はよく歩きお参りしました。今夜のお宿は 花樹海さんです。とてもいいホテルだとか。楽しみです。


お杖はお大師様の代わり。一日一緒に歩いてくれた杖の先を洗います。(お大師様のお御足を洗うつもりで・・・)

お食事もピカイチ。この後、揚げ物、茶碗蒸し、讃岐うどん、デザートと食べ切れませんでした。
讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vo1
2009/11/08
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四国 讃岐の国と高野山 ツアー日記 Vo1
午後から讃岐の一番である四国66番札所、雲辺寺へお参りするために、バスは早朝から各地へお迎えです。今回は三島を4時半に出発し、沼津、富士、清水、静岡と参加者をピックアップして一路、讃岐の国へ。



車内では、お参りのためのお線香とロウソクが配られます。

淡路島 岡上先達
淡路島には、今回の「四国八十八ヶ所遍路の旅」の先達さんが待っていました。大先達が導いてくれるのも、三嶋観光バスならではの旅とのこと。先達さんは道中、参拝のお作法、お寺のご由緒、歴史、心得や法話など話してくださり、ひとりよがりの遍路にならないために導いてくだるのだそうです。巡礼の旅が一層深くこころに残ることでしょう。


車内でお弁当がでました。朝早かったので、お腹すきました。三嶋観光バスのツアーのいいところのひとつに、「食事がいいこと」。参加者のみなさんそう言いながらのお食事タイム。

鳴門大橋を渡り、四国へ。私は初めての四国入り。
ナルトです。渦巻いてます。


第六十六番 巨鼈山・雲辺寺 (きょごうざんうんぺんじ)
その名の通り、雲上のお寺です。標高900mと四国八十八箇所のうち一番高いところにあるお寺。見たことあるような光景。

香川も柑橘類の産地なんですね。瀬戸内海式気候で温暖、雨も少ないようです。
今でこそ、20分おきにロープウェイが出ておりますが、昔の人は道なき道を行ったのでしょう。もちろん歩き遍路の方々は、山麓の雲辺寺口から5.5km道のり。「へんろころがし」といわれる急勾配の坂道です。




お大師さまがお迎えです。



香川県と徳島県の県境に位置します。

後由緒は、弘法大師空海が延暦8年(789年)、善通寺建立のための建築資材を求めて雲辺寺山に登った折に、ここを霊山と察し堂宇を建立したことが始まりだそうです。後に「四国高野」と呼ばれ、僧侶の修業道場になったとのこと。


大師堂の前でも納経。


境内には五百羅漢がありました。面白い表情です。



第六十七番 小松尾山・大興寺 (こまつおざんだいきょうじ)
この仁王門は四国八十八ヶ所では最大の仁王門。仁王像も2.5mあるそうです。運慶作の国宝。境内には弘法大師お手植えの楠

と榧

の巨木。石段を上がって行くと本堂の正面になります。



納経帳には本尊を表す梵字と本尊の名前、そして寺院の名前を墨書してくれます。


お参りには、多くの団体が来ていることもあって、お作法はキチンと。

第七十番 七宝山・本山寺 (しっぽうざんもとやまじ)
本山寺は平城天皇の勅願により、境内に五重塔。弘法大師が一夜のうちに建立したと伝えられるお寺。弘法大師は本当にスゴイですね~。境内は広く清々しい気持ちがします。

御本尊様は馬頭観世音菩薩。頭の上に馬の頭を乗せている菩薩ですが、菩薩様は人間の悩みの姿に変身しているのだそうです。馬頭観世音菩薩を本尊としているのは、本山寺のみ馬だけでなく、家畜類を救う観音。所謂、ペットの守り神ですね。
68番・神恵院と69番観音寺は一つの境内にあるそうです。四国札所では唯一の一寺二霊場のお寺。

第六十八番 琴弾山・神恵院 (ことひきざんじんねいん)
ここの御本尊様は「阿弥陀如来の掛け軸」。掛け軸が御本尊なのは四国八十八ヶ所の中でここだけ。コンクリートの壁の間の階段を上ると本堂。ちょっと変わっていますね。



階段を下りると大師堂です。四国八十八ヶ所遍路では、本堂と大師堂の2箇所でお参りをします。まずは、本堂、次に大師堂です。

第六十九番 七宝山・観音寺 (しっぽうざんかんのんじ)
弘法大師が7代目の住職を務めたというお寺。本堂は国の重文であるのを始め、数々寺宝が重文指定となっている。

薬師堂、

楠の巨木、

静岡を早朝に出ての長旅。今日のお参りは五ヵ寺。早々にお宿へ入り一日を終えます。

宿泊は琴弾荘。海へ歩いていけるほど瀬戸内海に面したところにあります。古い旅館ですが、地魚が食べられるとのこと。

明日に備えて休みます。3泊4日の旅、一日目にして仲良くなりました。これも、少人数制のツアーだからでしょう。



明日は十二ヵ寺周わる予定です。心配したお天気も明日はもちそう。
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