八十七番札所 大行寺(沼津市戸田)
法の聲いつも専修の大行寺峯松風谷川の水
僧・三誉上人が創建。天保八年 (1837), 明治十三年 (1880)と二度の火災で古記録等一切を焼失し、当時の記録は建物とともに失われた。現在の建物は、旧水野領の名主・斎藤本家(入浜)を移築したもので、宝泉寺本堂につぐ村内(旧戸田村)古建築と推定される。
納戸、出窓など書院造りの面影が窺える。境内に保存されている「竜の鬼瓦」でも昔を偲ぶことができる。境内の東南に観音堂があり、海中出現の秘佛・聖観世音菩薩を祀っている。
境内にある「小笠原領 応接所」と書かれた記念碑は沼津市指定文化財。安政元年 (1854)日露和親条約が結ばれ、翌年二年二月ここで日露交渉が行われ ロシアと条約を交わした時の記念碑。来日中のロシア使節プチャーチン提督は、安政東海大地震の被害により、座乗鑑ディアナ号を失い、代鑑建造地の戸田に滞在していた。幕府は先に締結した和親条約(第6条、領事駐留)改訂のため、勘定奉行川路左衛門尉聖謨を全権として戸田へ出向かせた。当時は、鎖国中の日本。「ロシアの駐留所を下田と函館へ置く」という一文を改定すべく、川路は大行寺を応接所に当て改訂交渉を行った。

道沿いの町や村
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日本初の「洋式帆船建造の地」(沼津市戸田)
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