二十四番札所 般若院(熱海市伊豆山)
流れ水くめばこころの般若院走り湯山に岩の羽衣
山号 走湯山
真言宗・(金剛峰寺・末)
草創 不明
草創は定かでなく、応神天皇時代 (271)に、相模の国に飛来した円鏡(伊豆山権現)の法楽のため、承和三年 (836)僧賢安が、観音堂を創建したのが始まりだと伝えられている。 社宝の木造伊豆山権現立像は国指定の重要文化財。鎌倉時代の作で、もとは伊豆山神社にあったが、神仏分離でここに移された。
鎌倉時代から江戸時代まで、源頼朝・足利家・家康を始め、徳川将軍家が代々寺を保護していた。鎌倉時代、源頼朝はこの寺に、平家討伐の願をかけ、またそれが成就したことを感謝して、鎌倉から年に一度は必ず参詣した。(源頼朝・北条政子が一時住んでいた)
これは鎌倉幕府の定例行事として必ず行われ、伊豆山権現は関八州の総鎮守としてますます崇められるようになり、歴代鎌倉将軍の信仰をあつめた。
室町時代には足利将軍家の他、文人、高僧及び各階層の旅行者が湯治を兼ねて参詣し、江戸時代になると、熱海に湯治に来た諸大名は参詣とともに走湯を見物して帰ったほど、伊豆山地区は熱海の名声を高めた。寺号の般若院は徳川家康から頂く。伊豆山権現の別当職として関東一円に大勢力を持っていた古儀真言宗関東五刹の一つ。
本堂の左手奥に有る大師堂には、弘法大師自ら刻んだと伝えられる、大師像が安置されている。国の重要文化財、伊豆山権現立像が本堂に安置。(公開はされていない)本堂、大師堂には他にも国宝級の仏像安置されるが残念な事に非公開。上手には斎藤実盛の墓と伝える五輪塔もある。
ラジオ伊豆八十八か所巡礼
エフエムみしま・かんなみ(インターネットラジオ)
伊豆八十八ヶ所霊場ガイド一覧のページへ





